愛を待つ桜

（4）実家

７月の第２週、夏海は聡と悠を伴って実家に足を踏み入れた。

夏海の実家は葛飾区の掘切で小料理屋を営んでいる。
父・慎也《しんや》が16から修行して、18年前に独立した店だ。
９歳年上の兄・慎一《しんいち》が結婚して実家に戻り、跡を継ぐために板前修業中のはずであった。


聡と出逢った３年前、夏海が実家近くでひとり暮らしをしていたのは、兄夫婦にふたり目が産まれたせいだ。
店舗付きで住居部分はそれほど広くはなく、２世帯に改築するほどの予算もなかった。
そのことを気にして、就職と同時に夏海は独立した。

だが、夏海が未婚の母になると聞いたとき、父は「ひとり暮らしなどさせるんじゃなかった」と随分後悔していた。



「あの……長い間、連絡しなくてゴメンなさ」


わずか３年で父も母もかなり老けたようだ。頭に白いものが多くなっている。
そんな父は娘の顔を見るなり歩み寄り、その頬を叩いた。

直後、父は娘を抱き締め、大粒の涙をこぼしたのだった。


聡は「叩き出されるかもしれない」と心配していたが、ふたりはどうにか部屋に上げて貰えた。

そして、聡の両親に話した内容と同じ釈明を繰り返したのである。


「知らなかったこととはいえ、夏海さんには随分苦労をかけてしまいました。これから、一生を懸けて償っていきたいと思っています。どうか、お許しください」


聡は畳に手をつき、深く頭を下げた。

その言葉は、体裁を繕うための偽りに過ぎない。
それを承知で夏海の心は少しだけ癒されたのだった。



夏海の両親は孫可愛さで聡を許し、３年ぶりに彼女は実家と行き来できるようになった。


後日、悠とふたりで夏海が実家に戻ったとき、この３年間で織田家にも、一条家に負けないくらい色んなことが起こっていたことを知る。