愛を待つ桜
その夜、夏海は聡の顔色を伺いつつ、姉のことを相談した。

専門ではないが彼も弁護士である。何か良い手段を教えて貰えたら、その程度の気持ちだった。


「医師免許を使えば、居所はすぐに知られる。偽名で働いてるなら医者の仕事はできないな。亭主の戸籍に載らないってことは子供も無戸籍のままだ。名古屋市内にいるのか?」

「それも判らないの。1度だけ電話があって……無事だからって」

「最初から全く縁のない土地に行くのは稀なんだ。知ってる土地に逃げ込むケースが多い。相手の地元近辺か、或いは都内か……。意外と近くに居るかもしれんぞ」

「へえ、そういうものなのね」

「君だって、ずっと都内に居たんだろう?」

「まあ、東京生まれで東京育ちだし……」

「これは勘だが……最初に向かったのは、国立市近郊だろう?」

「何で判ったの?」


実家を飛び出した夏海が、自然に向かったのが国立市だった。
葛西に引っ越すまで市内に住んでいた。
それまで1度も住んだ事はない土地だが、夏海が卒業した大学があり、4年間通って多少なりとも勝手が判っていた。


「大学卒業して間が無いしな。あとは中央線沿線で三鷹か国分寺……少し先の立川辺りに見当をつけるだろうな」


聡が挙げたのは、家出直後の夏海が電車の中で悩んだ地名だった。
そこまで判りながら決して探そうとはしてくれなかった、そう思うと切ないものがある。

だが、それを口にしても、今となってはどうなるものでもない。


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