愛を待つ桜
「しつこい女なのは判ってたけど、まだ指輪をはめてるなんて。おかしいんじゃないの? ねえ、誰か塩まいてちょうだい!」


双葉は怒りつつも、半分は呆れた口調であった。

それまで黙って見守っていた派遣らが一斉に……「双葉さんすごーい!」と感嘆の声を上げる。


「なんか、ハブとマングースの一騎打ちみたいで……凄かったですね」

「でも、何アレ? あんな女と一条先生は結婚したんですか? 最悪ぅ」

「ホント、最低ね。何様のつもりよ!」


いなくなった途端、3人とも言いたい放題だ。

一方、「ハブ? 私ってハブ? それともマングース?」双葉は微妙に不満そうな苦笑いを浮かべる。


だが、夏海は笑えなかった。

3年前は、弄ばれて捨てられたと思い、被害者と信じていた。
だが、智香の立場で言えば、夏海は自分の婚約者と関係した女なのだ。
しかも勝手に子供を産んだ挙げ句、結果的にちゃっかり妻に納まったことには間違いない。

あそこまで聡に執着するのは、それだけの訳があるのではなかろうか。

夏海には聡が女性に振り回されるような愚か者には思えない。

あのとき、夏海に囁いた愛の言葉を、智香に囁かなかったと、なぜ言えるのだろう?

何より、智香の指にはまったマリッジリングと、『私たちは永遠の愛を誓いましたわ!』というセリフが胸に堪えていた。

夏海の指にもマリッジリングはある。
だがそれは、入籍したその夜に店頭で求めたものだ。
神の前で、永遠の愛の言葉とともにはめられた指輪とは重みが違った。


このときの夏海には、智香の指輪のほうが本物に思えてならないのであった。


< 122 / 268 >

この作品をシェア

pagetop