愛を待つ桜

(3)一条邸へ

一条家の玄関に立つと、3年前のことが昨日のことのように思い出された。

社長宅を訪れたのは、あの1度きり。自動で開閉する観音開きの門扉に、両親とともに小さな歓声を上げたのを覚えている。

垣根沿いに植えられた見事な桜は、鮮やかな春の装いで邸を包み込む。
それは華やかなだけでなく、通行人の目も楽しませる配慮がされていた。

夏海の記憶の中ではピンク色に染まった庭も、今は目にも鮮やかなグリーン。あかねの趣味で、茶会を催すこともあるという中庭は、一面芝で覆われていた。

リビングからは見えないが、木立で仕切られた奥には茶室もあるという。
庭の手入れは全て、業者任せだとあかねは笑っていた。


成城とはいえ、不況や相続などで代替わりし、その都度切り売りされていると聞く。

一条家はその中で、1等地にありながら千坪を越す敷地を代々維持し続けてきた。
戦後すぐに建てられた西洋風建築の母屋も、リフォームを重ねながら中身は最新の設備だ。


三男・匡の結婚後は、夫婦ふたりきりの静かな暮らしを余儀なくされていた。

それが、今日ばかりは4人の子供たちが全員家に戻ってきている。

そして何よりあかねが喜んだのが、数10年ぶりに屋敷に響き渡る子供の笑い声だった。

< 130 / 268 >

この作品をシェア

pagetop