愛を待つ桜
ちょうど同じころ、聡は母屋の2階にある自分の部屋に、匡を呼び出していた。

聡の部屋とはいえ、家具だけで私物は何もない。
実際には21歳で家を出たきり、実家に戻り生活することはなかったからだ。

そこはふた間続きの立派な部屋で、当時小学生だった静が移りたがったが、両親が許さなかった。

聡がいつでも戻れるようにしておきたかったのだろう。
だが、親の愛情を自覚するころには、子供は大人になり、親を必要としなくなっている。

それでも、夏海と出逢う春までは、週に1度は実家に戻り、親孝行の真似事はしてきたつもりだった。


「匡、覚えてるか? 3年前にお前が俺に言った言葉」


母の手作りだろうか……ソファにはパッチワークのカバーが掛けてある。
座れとも言われないのに、匡はその上に腰掛けながら、上の空で答えた。


「え? 何か言ったっけ?」


とぼけてる訳ではなさそうだ。本当に覚えてないらしい。聡はそんな匡にイライラしながら……。


「夏海とのことだ! 父さんにも言っていただろう」

「父さん? 夏海くんの? あー」


声を上げたまま、匡の視線があちこちに泳ぐ。

そんな答え辛そうな匡の様子に、


「お前、俺に何か言うことがあるんじゃないのか? お前は」


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