愛を待つ桜
「悪いっ! 頼むよ、もう、あのときのことは言わないでくれよ。兄貴との関係は知らなかったんだ。悪いコトしたって思ってる。でももう、終わった事だろ? お互いに結婚したんだしさ。子供もいるんだし」


両手を合わせ、拝むように頭を下げる。


「由美さんは知ってるのか? その……」


聡はようよう絞り出すような声で訊ねた。


「えっ、あのころのこと? まさか! 何にも知らないのに、わざわざ言う必要なんかないよ。ああ見えてさ、夏海くんと縁談があったって言うだけでも妬くくらいなんだぜ」


聡は無言だ。
匡は兄のほうは一切見ずに答えている。兄の顔色が変わったことすら気付けず、一方的に言葉を続けた。


「なあ、頼むから水に流してくれよ。聞かなかった事にして欲しいんだ。頼むよ、兄貴!」

「判った。もう、言わん」

「あ、夏海くんには俺から直接」

「その必要はない!」


聡は、匡の言葉を奪い取るように言った。そしてひと呼吸入れると、


「その必要はないんだ。お前が夏海に会う必要はない。判ったな」

「あ……ああ」

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