愛を待つ桜
おやすみなさい、と言いかけた夏海に、


「匡と連絡は取ったのか? 今度はいつ会うんだ?」

「酔ってたんじゃ、話はできないでしょう? もう寝てください」


そのまま夏海は子供部屋に戻ろうとした。


「随分しかめっ面だな。俺にはいつもそうだ。奴とは楽しそうに笑ってたじゃないか。たまには俺にも笑って見せたらどうなんだ!」

「もう、やめてください。悠が不安がってるわ。あなたが」

「悠か……。ああ、そうだ。お前には話してなかったな。俺は家を出たときに、相続放棄の念書にサインしている。一条グループも成城の家も、いずれは匡のものだ。残念だったな。素直に鑑定を受けておけば、もっと金になったろうに」


バシンッ!

頬を叩く乾いた音がキッチンに広がった。
それは、夏海の我慢が限界を超えた音だった。切れるほど唇を噛み締めても、涙が溢れてくる。夏海の右手は痺れ、小刻みに震えていた。


「あなたは……何も判ってない! 子供に必要なのはお金じゃない! 私が本当に欲しいものも……」


喉が詰まって上手く言葉にならない。夏海はどうにか嗚咽を抑えながら……、


「別れて、ください。お金なんて1円も要らない。私には、悠がいたらそれでいいんだから。事務所も辞めます。もう……2度とあなたに」


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