愛を待つ桜
夜が明ける。

赤く充血した目と涙で腫れあがった瞼をタオルで冷やしながら、夏海は一睡もせず朝を迎えた。


そんな母親の気持ちを察したかのように、翌日、悠は熱を出して寝込んだ。
幸い、重いものではなく、1日で平熱に戻ったが……。


『旅行はキャンセルにしよう』


そんな聡の言葉に、夏海はホッとしたのだった。




――少し頭を冷やそう。夏海と距離を置こう。

夏海と同じく、聡も眠ることなどできぬまま、気がつけば夜が明けていた。


『昨夜は酔っていたんだ。……すまなかった』


開口一番で聡は謝罪したが、彼女の全身から〝接近禁止命令〟が出ていた。
彼はそれ以上、ひと言も話すことができず、せめて、熱を出した悠の傍には居たかったが、夏海がそれを望んではいなかった。

聡は諦め、如月に伝言を頼む。


「来月に予定していた北京への出張だが……アポが取れたので早める事にした」


そんな理由を作りあげ、彼は成田から飛び立った。



だがふたりの知らないうちに、事態は夫婦の問題だけでは済まず、一条家全体を巻き込みつつあった。


ひとりの女の悪意によって――。


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