愛を待つ桜
夜10時、深夜と呼ぶにはまだ早いが聡の戻る気配はない。
だが、今夜は何時まででも待つつもりだ。

悠を聡の部屋に寝かせ、夏海はキッチンに立ちコーヒーを淹れた。


「夏海く……さん?」


その声に振り返ると、匡が立っていた。


夏海の呼び方を誰かに注意されたのだろうか?
匡は慌てて「さん付け」に変更する。


「匡さん……由美さんは落ち着かれました?」

「ああ。なんか最近あんな感じなんだ。ついこの間まで、子供が生まれたらってウキウキしてたのに……。君を『夏海くん』と呼ぶのも気に入らないってさ。そんなもんかな?」


どうやら匡も由美を持て余しているようだ。肩をすくめ、少々うんざりした声を出してみせた。


「出産が近づいて、急に不安のほうが大きくなったんじゃないでしょうか?」

「だったらいいんだけどね。なんか変でさ。君のときはどうだった? ひとりだったって聞いたけど」

「それは……。私の場合、そんなことを考える暇もなかったですから」


そんな苦労が匡のせいだと判っても、彼を責める気にはならなかった。
今更、である。


「あの、さ……」


夏海の気持ちが伝わったのだろうか、匡は随分言い辛そうに口を開いた。


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