愛を待つ桜
冷やかし半分で、匡は隣に立つ夏海に笑いかけた。

夏海も慌てて頷く。

だが、そんな匡の何気ない仕草が、由美の怒りに油を注いだ。彼が子供の存在を口にしたことも、引き金のひとつとなる。


「嘘ばっかり! 匡さんとお義兄さんを天秤に掛けたんでしょう? でも、あなたの本性がばれてお兄さんに捨てられたって聞いたわ。それなのに、匡さんの子供まで産んで、一条家に乗り込んでくるなんて!」


それにはふたりとも口を開いたままになる。

とてもマタニティブルーだけとは思えない。
こんな悪意に基づく誤解を、由美は誰から聞いたのだろう。

しかし、由美は夏海らに考える時間すら与えてくれなかった。


「お義兄さんは子供のできない体なんでしょう。あの子は……匡さんの子供だって。匡さんがこの家や会社を継ぐことに決まったら、私を追い出してあの子に継がせるつもりなのよ! そんなこと……そんなこと絶対にさせない!」



「何を騒いどるんだ!」


夜の10時も過ぎて、この邸で騒ぐ人間などいるはずがない。
実光とあかねは不審に思い、恐る恐る廊下に出た。すると、甲高い女性の声が耳に響いたのだ。

それが由美であることに気付き、ふたりは心配して1階に下りて来たのだった。


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