愛を待つ桜
「笑えるな。夏海の言う通りだったわけだ。俺はひと回りも年下の娘を、結婚を餌に弄んだだけか? 挙げ句に、妊娠させて捨てたのか!?」

「やめろよ、兄さん!」


次第に声が大きくなる聡を、稔は引き止めた。
匡に悪気がなかったと言うなら、聡はそれ以上だろう。
責任感で言うなら匡の10倍はある。それをすべて罪悪感に置き換えでもしたら……。

しかし、今の聡には、誰の制止も耳には入らなかった。


「俺は、夏海を親から引き離し、どん底の生活をさせたんだ」

「もうやめてくれ、兄さん」

「この俺が、息子を殺せと命じたんだぞ! なんてことだ……」


酔ってなどいない、意識もはっきりしている。なのに地面が揺れていた。

思考は停止したまま、目を瞑った聡の脳裏をフラッシュバックのように夏海の顔がよぎった。

泣き顔と全てを悟り切ったような眼差しがグルグル頭の中を回り続ける。


次の瞬間、聡は耳のすぐ横で心臓が脈打つような錯覚に囚われた。


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