愛を待つ桜
そんなことがあったせいか、昨年秋ごろから夏海はたびたび社長室に呼び出された。その都度、常務の様子を根掘り葉掘り尋ねられる。


『常務の勤務態度を改めさせたい。君にも協力して欲しい。君は秘書のままで終わりたくはないんだろう? 上を目指すなら何事も経験だ。いずれ秘書を使う側になるとしても、今の経験は無駄にはならないはずだ』


社長の意図は判らないが、夏海には総合職としての昇進のチャンスが残されているらしい。


『スパイのような真似は信頼を損ねます。お約束は出来ませんが、会社や社長のため、果ては上司である一条常務のために、お役に立てるよう努力させていただきます』


夏海の答えに、社長は得心したようにうなずくのだった。



そして入社から1年経ち、突然、夏海は社長宅に招かれたのだ。それも、両親同伴である。


「夏海、俺たちが入っても構わんのか? なんだか場違いな気がするが……」


社長夫人から直々に実家に電話が掛かり、ぜひに、と声を掛けてもらった。
毎年催すお花見パーティだという。それでも、両親は不安そうだ。夏海も同じだった。


「お父さんにも一張羅を着せてきたし、私もよそ行きで1番の服を着てきたんだけど……。でも、凄い家ねぇ。さすが社長さんだわ」

「まあ、大丈夫だと思うよ。顔を出してご挨拶したら帰ってもいいんじゃないかな? よく判らないけど、社長は私のことを買ってくれてるみたいだから。娘の昇進が掛かってると思って、我慢してよ」
社長命令とはいえ、およそ上流社会とはほど遠い両親。何か粗相でもしたら、と夏海は気が気でない。


(社長はどうして両親まで?)


両親には見えぬよう、夏海はこっそりため息をついた。



裏庭では桜の花が咲き乱れる中、ガーデンパーティの真っ最中である。
緑の芝がきれいに整えられた庭に、白いテーブルが数多く置かれ、様々な料理や飲み物が並んでいた。

お花見と言えば芝の上にゴザを敷きドンチャン騒ぎ、と考えてしまうが、パーティと付く辺りが庶民とは違う。
ごく内輪の集まりと聞いていたが、百人は超える招待客に夏海は唖然としていた。


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