愛を待つ桜
「一条くん……」


夏海の姿を見るなり、聡は2歩目が踏み出せずにいた。
そんな彼の腕を双葉が引っ張り、ベッドサイドに立たせてくれた。


「出血が止まらないようなの。意識も戻らなくて……。かすり傷程度で頭も打ってないのに。苦しそうにずっと涙をこぼしてるのよ。手を握ってあげて」


夏海は目を閉じたままだ。

そのこめかみに流れる涙の跡を見た瞬間、聡は床に跪いていた。


「許してくれ……頼む、許してくれ。いや……許さなくてもいい、もう1度、目を開けて笑ってくれ。夏海……」


そっと夏海の手を握る。

8月だというのに、その手は凍りつくように冷たかった。

貧血のせいだと後で判ったが、このときは夏海を失う恐怖に、心臓を鷲づかみにされた気分だった。


「愛している。愛していた。初めて逢ったときから。誰よりも何よりもずっと、君を愛し続けてきた。愛するあまり、失うことが怖くて……君を傷つけた。夏海、君と子供が無事なら俺が死んだっていい。夏海……夏海……」


聡は夏海の手を握り締めたまま、ベッドに突っ伏して泣き続けた。


夏海が最も聞きたがっていた、心からの謝罪と愛の言葉を口にしながら……。



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