愛を待つ桜
「織田夏海です。司法書士の資格はありますが、これまでは行政書士として働いていたため実務経験はありません。精一杯やらせていただきますので、よろしくお願い致します」


丁寧に挨拶をして頭を下げる。
夏海は、それなりの拍手で迎えられた。


ヒルズの20階に聡の事務所はあった。
これまでの夏海の仕事場に比べると、恐ろしく快適でエネルギッシュな場所だ。
かつて、秘書として一流企業に勤めていたときの緊張感が、夏海を包み込む。
家を出るときに何着か持ち出した、そのころのスーツを引っ張り出して着たせいかも知れない。



「子供を抱えて大変でしょう? 病気のときは遠慮なく言ってね。なるべく融通を利かすから。うちも3人いるからよくわかるのよ」


緊張気味の夏海を気遣い、如月の妻・双葉《ふたば》が親身に声を掛けてくれた。
彼女は夫より1歳年上だという。
事務所の経理を一手に引き受けながら、13歳を頭に3人の子持ち。中学生の子供がいるとは思えないほど、若々しく快活な女性だった。

如月修《きさらぎしゅう》弁護士は、聡と同じ38歳で大学も同じだった。
双葉とは学生時代からの付き合いで、デキ婚だと笑って話してくれた。
少し馴れ馴れしい感じはするが、決していやらしさに繋がらない。温かな雰囲気の男性だ。

妙に構えていて、ヤマアラシのように刺々しい聡とは大違いであろう。


事務所には他に、検事から転向した50代の武藤弁護士や、入社2年目で夏海と同年代の安西弁護士がいた。

庶務を引き受ける西清子は60歳近くで、開業当初から10年以上勤めているがパートだという。
高崎の事務所で同僚だった安部と同じ世代で、夏海は親しげに話し掛けたが……。
逆に、「未婚の母など法律事務所に相応しくない」と、アッサリ言われてしまった。

だが、それで挫けていては、シングルマザーは務まらない。

夏海は「認めていただけるように頑張ります」笑顔で返したのだった。


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