愛を待つ桜
「ただいま! ごめんね、悠。折角の休みなのに留守番させちゃって。遊びに行って来ていいわよ」


母は今年37歳になる。

腰周りに付いたお肉が、ダイエットしても落ちなくなったと言っていたが、相変わらず綺麗だと思う。悠のクラスメートが、母目当てで家に遊びに来るくらいだった。


今日は、入学式用に薄いベージュのツーピースを着ていた。胸元のコサージュが桜の花を思わせる。


「ううん。別に約束もないし……」

「桜はまたおばあちゃんの家に行ったの?」

「うん、叔母さんが迎えに来てくれたから。帰りも送ってくれるって」


悠の父・一条聡《いちじょうさとし》は弁護士をしている。

4歳下の妹・桜は、父の実家で叔母の静にピアノを習っていた。叔母は若い頃、アメリカまでピアノ留学したらしい。今は結婚して父の実家で祖母と同居し、ピアノの個人レッスンを引き受けていた。

祖父は3年前に亡くなり、会社は叔父の匡が継いだ。しかし、祖父が亡くなる前から同居は解消していたと思う。嫁姑問題と聞いたが、詳しいことは悠には判らない。

父の実家は、悠にとってあまり居心地の良い場所ではなかった。桜と真はしょっちゅう通っているが、悠は留守番も多い。


「母さん……あの、父さんは仕事に行ったの?」

「いいえ。お父さん、まだ車を停めてるのかしら? お母さんはご近所の方と話してたから……」

「真が代表の挨拶できなかったって言ってた」

「ええ、そうね。お兄ちゃんほど勉強は出来ないから。これからは宿題も見てやってね。さあ、母さん着替えてくるわ」


母が笑いながら階段を登ろうとした時、悠は思い切って声を掛けた。


「母さん! 僕の本当のお父さんって――誰?」


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