愛を待つ桜
それぞれの弁護士が、秘書代わりに派遣社員を雇っていた。
しかし、聡には誰もついていない。司法文書の作成に雇っていた司法書士の女性も、2週間ほど前に辞めたという。

両方とも、原因は聡である。


「一条先生が片っ端からクビにするんだもの。勘弁してほしいわ」


そう教えてくれたのは、事務所に入って半年目の永瀬唯《ながせゆい》。
ギリギリ20代の彼女は中小企業の社長秘書だった。しかし、不況で会社が倒産。仕方なく派遣に登録したという。
今は、武藤弁護士に付いているが、さすがに仕事は素早い。


「私と同じときに入って、一条先生についた子は10日で辞めちゃったんだから」


この半年で5人の派遣秘書がお払い箱になったという。
長くて1ヶ月……つい先日、なんと10日だった最短記録が、6日に更新されたそうだ。

今は当然のように派遣の3人が交代で聡の手伝いに回されている。
だが、彼には全員が辟易しているようだった。

如月弁護士についている30歳の主婦、三沢桃子《みさわももこ》と、若い安西弁護士についている32歳でバツイチの中根美里《なかねみさと》が声を揃えて言う。


「最初はね……ひょっとしたらなんて、期待したんだけど、ね」

「そうそう、若い子は片っ端から追い出すから、一条先生って年増好み? とかね」


(そんなはずないわ。遊び相手はころっと騙せるような若い女を選ぶはずよ。私みたいな……)


派遣たちの笑い声を聞きながら、夏海はそんなことを考えていた。

聡は非常に慎重な男である。
間違っても、妻がいながら事務所の女性と不倫など考えられない。

3年前はそんな彼を『誠実な人』だと思っていたのだから、愚かにもほどがある。
裏でコソコソと、ひと回りも年下の女と火遊びを楽しむ程度の男だったのに。


「仕事は厳しいわ、冗談のひとつも言わないわ、おまけにあれほどの女嫌いなんて……ねぇ」

「年収1億の独身だから、若い子はみんな目の色を変えるんだけどね」


その言葉に夏海はハッとなる。


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