愛を待つ桜
このやり取りに心底驚いたのが聡である。

彼は部屋に戻ってきた匡を待ち伏せ、詰問した。そして匡の口から出た言葉に驚愕したのだった。


『彼女ってさ、ああ見えて結構積極的なんだぜ。重役室のソファでもしょっちゅうだよ』


聡は俄に信じられず、翌朝、一条物産の本社に勤める高校時代の同級生を訪ねた。

その友人が口にした言葉は、


『ああ、常務と秘書の関係ね。随分派手に楽しんでるみたいだな。でも、彼女、海外事業部にも男がいるって話しだよ。ああ、そういや経理課長との不倫の噂も耳にしたことがあるなぁ』


聡の友人は、『常務とお楽しみの秘書』の噂を正直に答えたのだ。

一条物産では重役に付く秘書はひとり。
まさか実光の指示で、常務の匡に第2秘書がいるなどとは思いもしない。


聡は『また騙された』と思った。

彼は21歳のとき、女性に騙され結婚し、散々な目に遭っていたからだ。
真面目過ぎる性格が災いし、彼は離婚から10年以上女性なしで過ごした。
女性の身体に欲求を感じることもなく、まるで修道士のような生活だった。

そんな彼が、心と体を一気に動かされたのが夏海なのだ。
ただ、常に彼の心を蝕んでいたのが、最初の結婚で味わった挫折感と、女性に対する失望。

聡は過去の経験により、女性に騙される、ということに過剰な反応を示してしまう。
怯えた野生動物のように夏海を跳ね除け、傷つけられることを恐れて先制攻撃をした。
騙されたわけではない、とムキになって否定した挙げ句、愛してもいない相手との結婚を決めたのである。


しかし、それは手痛いしっぺ返しとなり、聡の名誉も立場も貶めることとなり……。

夏海がどん底を味わい、悠の誕生によって救われていたころ、聡も再び人生に躓いていた。
だが、彼に救いの手はなく、未だ底辺をさすらい続けていたのだった。


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