愛を待つ桜
   ☆。.:*:・゜★


その後数日が経った。
一触即発の状態をどうにか回避しつつ、ふたりは仕事にあたっている。


「織田くん。どう? 意外といいコンビじゃない、君と一条は」


休憩時間にデスクではなく、給湯室でコーヒーを飲む夏海に如月は話しかけた。


「……そうでしょうか?」


とてもそうは思えませんが。夏海はそんな言葉を飲み込んだ。
今にしてもそうである。
隣の部屋に聡がいると思うとどうにも気詰まりで、結果、給湯室に逃げてきたのだ。

だが、個人的な愚痴を如月にこぼすのは躊躇われた。
如月夫妻は初日からフレンドリーに話しかけてくれ、夏海親子に気遣ってくれる。聡から過去の経緯を聞いたはずだが、ふたりともそのことに触れたりはしない。

聡のことだ、間違いなく夏海を悪く言っていると思うのだが。

数日前、如月が出張のお土産を悠にも買ってきてくれたときは、涙がこぼれるほど嬉しかった。
父親のいない子供のことを不憫に思ってくれたのだろう。
同情でも親切でも夏海はありがたく感謝することにしている。

ただ、当の父親は何処吹く風であったが。


「でも、あまりに辛辣な一条先生の口調には驚きました。お客様も引き気味に思うんですが……」


聡が夏海のことを知らなかったように、夏海も聡の極々プライベートな男の顔しか知らなかった。

企業弁護士としての彼は、クライアントに対して、どっちが客かわからないほど横柄な態度で注文をつける。
少しでも違法行為があれば、問答無用で契約を切ってしまうのだ。
それはこれから、日本進出を目指す企業にはマイナスだろう。結果――なんと、企業側が聡に折れる様相を呈していた。

夏海が呆気に取られたのはそれだけではない。
山のような仕事を抱え、朝から晩までひたすら働いている。接待などで飲み歩くこともほとんどなく、趣味も全くないようだ。

ゴールデンウィークも「世界中が休みになるわけではない」と、聡だけ出勤するという。

そして聡は夏海に対して容赦なく厳しかった。

司法書士の仕事とは別に、個人秘書としての仕事を、それもハイレベルで要求する。

その要求の多さと高さに、さすがの夏海も文句のひとつも言いたくなる。


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