愛を待つ桜
『私は司法書士として雇われました。秘書としてのお給料はいただいてませんが』

『金を払えば両方できるとでも言いたげだな』

『可能ですが、お断りします。定時で戻りませんと、保育所のお迎えに間に合いませんので』

『言い訳があって結構なことだ』


一事が万事この調子だ。全てにおいてケチをつけてくる。



ただ周囲の話では、夏海に特別厳しいわけではないらしい。


「なんか昔、色々あったって聞いてる。詳しいことはわかんないんだけどね。ヤツの荒れてる原因とか」


如月の言葉はそれとなく探りを入れているようだ。
でも、答えは決まっている。


「さあ、私が知りたいくらいです。一条先生はご結婚されて、幸せな家庭を築いておられるんだとばかり思ってました」


如月は苦笑しながら、


「成田離婚ってヤツかな。式を挙げて、新婚旅行に行って……帰国後、そのまま花嫁は実家に戻った。入籍はせずじまいじゃないかな。離婚相当の慰謝料を払ったらしいけどね」

「一条先生が払ったってことは、先生から離婚を言い出されたってことですか?」

「というより、離婚原因が一条の側にあったってことかな。これ以上は言えないけどね」


知らない、ではなく、言えないという言葉に、夏海は如月に対する信頼を深めた。


「如月先生は、一条先生から色々聞いておられるのでしょう? それなのに、私に酷いことはおっしゃらないんですね」


夏海の直球に如月は目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「詳しいことはホントに聞いてないんだよ。ただ、俺も弁護士だからね、自分の目で見て、確かめたことしか信用しない。俺の目に君は、ひとりで子供を育てながら懸命に働いている、仕事っぷりもひとり前以上の、立派な自立した女性だよ」


夏海は如月の言葉に、思わず涙が込み上げて来た。

この3年間、人の優しさに触れたのは数えるほどだ。如月の評価に『尊敬』の文字が加わった。


「如月先生は弁護士の鏡みたいな方ですね。公平で公正で、奥様が羨ましいです」

「いやいや。じゃあ嫁さんに逃げられたときは後妻になってくれる? 一気に3人、いや、4人の母親か……どう?」

「えっ? えっと……奥様に逃げられないように頑張ってください」


他愛のない冗談に、ふたりは声を上げて笑った。


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