愛を待つ桜
如月だけでなく、真面目で控え目な夏海は、確実に職場の皆に受け入れられて行った。

ただひとりを除いて――。



「如月の人の良さにつけ込む気か?」

「は?」


休憩が終わった途端これだ。すぐに、アレコレ難癖を付け始める。


「如月は親友だ。奴の家庭を壊すような真似をしたら、私は君を許さんぞ」


開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。
しかも悪趣味な冗談ではなく、聡は本気で疑っていた。


「意味がわかりません。それは、私と如月先生が不倫関係になった場合を想定してのご心配ですか?」

「君ならやりかねんだろう」


言いがかりも甚だしい。夏海はムッとした表情で言い返した。


「侮辱もいいところですね。同じセリフを人前でおっしゃれば、名誉毀損で訴えますよ。ですが、もし仮に、私が如月先生と不倫関係になったとしても、一条先生に許していただく理由などありませんが」


そこまで言うつもりはなかった。
しかし、怒りの余り、ついつい喧嘩を売るようなことまで口にしてしまう。

次の瞬間、聡の青ざめた顔が一気に紅く染まった。
激昂して血が逆流したかのようだ。目も血走っており、一瞬、髪の毛まで逆立ったような錯覚に夏海は捉われる。


「如月に気があるのか!?」


幸い、奥の所長室の声は事務フロアまでは聞こえない。
だが、それにも限度がある。これ以上大声を出されたら、間違いなく筒抜けだ。

聡の問いに「ない」と答えればいいのだが、ついつい夏海に対抗心のようなものが首をもたげた。


「そうですね、3年前に私を騙した男より、よっぽど優しくて親切で素敵な男性です! 私は……」


言い終わらないうちに、グイッと夏海の体が引っ張られる。

聡は夏海の言葉を遮り、彼女の右肩近くを掴んで自分の前に引き寄せたのだ。


「如月を誘惑したらタダじゃ済まさない」


押し殺したような低い声が、耳から心臓に直接響き……夏海の鼓動が速まった。


「私の……誘惑に乗るような、愚かな方じゃないと思いますけど」


聡に負けたくなかった。

視線を逸らしたら負けを認めるようで、彼女はわざと睨みつけた。


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