愛を待つ桜
   ☆。.:*:・゜★


恐ろしいほどの吸引力である。
聡は席に戻ったが、先ほどの興奮が冷め遣らず仕事にならない。悔しさのあまり、彼は歯軋りした。


(――夏海のことは絶対に思い出すな)


この3年間、毎日のように考え続けた言葉だ。

最初の妻、美和子に裏切られたときは、気持ちは急速に冷めて行った。
彼の心に残ったものは、愚かな自分に対する怒りがほとんどであった。




もう17年も前になる。

大学3年の冬に5歳年上の遠藤美和子《えんどうみわこ》と知り合った。
スキーで骨折して入院した病院のナースで、献身的な介護に惹かれ、退院と同時に付き合うようになったのだった。

中学・高校と男子校に通い、真面目で勉強ひと筋の10代を過ごした聡にとって、美和子は初めての女性だ。
大人の女である美和子の体に惑わされ、彼はそれを愛情と信じ、出会って3ヶ月でプロポーズした。

聡は、両親の反対を押し切り、春休みには入籍し一緒に暮らし始める。
初めての恋に浮かれる聡に、当時から親友だった如月も忠告したが、聞く耳など持つはずもなく……。

結婚から3ヵ月後、聡はハーバード・ロースクールへの入学が決まった。当然のように、美和子にニューヨークへの同行を求めたが、


『私はナースの仕事が続けたいの。離れていても心は妻だから、あなたのことは信じてるわ』


聡は、その言葉に素直に感激し、2年で戻ると約束して単身渡米したのだった。

彼は非常に誠実な夫だった。
渡米後も、金髪女性の誘惑には見向きもせず、ひたすら勉強と仕事に励む。
ところが、渡米から半年後、そんな彼のもとに一条家の顧問弁護士経由で、離婚届が送られて来たのだ。

驚いて妻に連絡をすると、


『あなたのご両親がどうしてもって。私の実家の親にお金を積んで、両親がそれを受け取ってしまったから、離婚届にサインしなければならなくなったの』


泣きじゃくる彼女を必死で宥め、怒り心頭の聡は急遽帰国した。


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