愛を待つ桜
『父親がポックリ逝ったら大金が転がり込んでくると思ったのに。会社は継がない、財産は放棄して弟たちに譲る、なんて言うのよ。お金がなきゃ誰があんな坊や相手にするのよ。貰うもの貰ったら当然、ポイね』


聡は軽く眩暈を覚える。


『ま、世間知らずの坊やなのは確かだな。女房を置いて、アメリカくんだりまで行くんだもんなぁ』

『2年待ってくれ……ですって。あーあ、もっと楽ができると思って、童貞坊やにも我慢して手ほどきして上げたのに。アレでホントに私が感じてるって思ってるんだから、笑っちゃうでしょ? ま、おかげで好き放題やれたけど』

『大女優だな』

『ベッドの上では、ね』


声が止んだ直後、中から聞こえてきたのは……。

愚かにもほどがある。
美和子は結婚直後に仕事を辞め、夜勤と称して夜遊びを繰り返していたのだ。
見事、女に騙され、父親に大きな借りを作ってしまった。
金は返しても、親子の関係が修復されるにはかなりの月日を要し、双方の心に深い傷を残したのだった。




そんな傷を癒してくれたのが夏海との出逢いだ。

離婚直後、自棄になった聡は様々な形で愛情のないセックスを重ねる。だが、そんな不本意な行為に悦びが伴うはずもなく。
やがて、彼の下半身は女性に何の興味も示さなくなった。
そしてそのまま、なんと10年以上も女性から遠ざかってしまったのだ。

夏海は、死にかけた男の本能を呼び起こし、火を点け、そして、惨めに捨て去った。

自分が本命なら実家まで乗り込んで来ただろう。
それもせず、姿を消したのがいい証拠だ。彼女にとって、自分は有利な手駒のひとつに過ぎず……。
それを認めることは、死ぬほどの苦しみだった。


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