愛を待つ桜
夏海は子供たちに優しく微笑むと「ごめんね」と謝り、すぐに引き上げようと考えた。
泣いて駄々をこねる悠をそのままにし、キッチンの双葉にお礼を言いに行く。


「すみません。片付けが手伝えなくて……」

「いいのよ。こっちこそごめんね。余計なことで泣かせちゃったわね」

「いえ、いいんです。お友達のオモチャとかも、欲しがるのはしょっちゅうだから」


貧しいことが恥だとは思っていない。
お金で幸せが買えるものでないことも判っている。
ただ、両方を併せ持つ、如月の家庭を目の当たりにするとやはり辛い。
充分なものを与えてやれない不甲斐なさに、夏海は奥歯を噛み締めた。


リビングに戻ると、悠は泣き止んでいた。
傍には聡が座っている。本来なら当然であるはずの光景に、夏海は胸の奥がズキンと痛んだ。


「ママ! おじちゃんがおっきいコイさんかってくれるって!」


その言葉に、夏海の心は引き裂かれた。
悠のせいじゃない。そんなことは判っている。でも、無邪気な笑顔が、息苦しいほど彼女の胸を締め付ける。


「ダメよ――ダメ。ゆうくん、知らないおじさんに、何かを買って貰うなんてダメなのよ。ママいつも言ってるでしょ!」


ヒステリックに叫ぶ夏海に、悠はビックリした顔で再び泣き始める。

聡は慌てて口を挟み、


「大したものじゃない。それに、知らなくはないだろう。会社の上司だ」

「普通の上司は、鯉のぼりなんて買ってくれません! それに、うちは小さなコーポで、立てる場所もないんです」


頑なな夏海の返事に、聡も苛立ったようだ。

「コーポの敷地内ならいいだろう。大家には私が交渉する」

「結構です! 余計なことはなさらないでください!」

「給料の一部だと思えばいいだろう! 子供が欲しがってるんだ。可哀想じゃないか!」


〝可哀想〟その言葉は、夏海の心に埋められた地雷であった。


「あなたに……あなたにだけは、この子を哀れんで欲しくはないわ! お給料はちゃんといただいてます。それ以外は1円の施しも受けません! 失礼しますっ!」


泣きじゃくる悠を抱き上げ、如月邸を飛び出した。


涙が溢れて止まらない。

でも、その涙は誰にも見られたくない夏海だった。


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