愛を待つ桜
「なんだあの女!」


思わず夏海の後を追い、玄関まで来て聡は悪態を吐いた。

たかが鯉のぼりひとつに、頑固にも程がある。
自分のせいで子供に不自由な思いをさせながら、はした金は受け取れないということか。

だが、可能性は確信へと変わった。
聡たち兄弟は、大人になって面差しがだいぶ変わったが、子供のころは非常によく似ていた。
悠は間違いなく一条家の血を引いている。
匡か自分の子であることはほぼ間違いないだろう。

欲しい――聡の心はそう叫んでいた。

最早、匡の子でも構わない。息子と呼び、自分の築き上げた全てを托せる子供が欲しくて堪らなくなった。


「一条! 彼女は?」


妻からジャケットを受け取りながら、如月が玄関まで出てくる。


「さあな、帰ったんじゃないのか。私が子供と話すのも嫌なようだ」


吐き捨てるように言う聡に、ふたりとも呆れ顔だ。


「おいおい、ここは駅から遠いんだ。遅くなるのが判ってたから、車で家まで送って行こうと思ってたのに」


如月は妻に「織田くんを追いかけてみるよ」と声を掛ける。

それを聞いた聡は不快感を露わに、


「随分お優しいことだな。1キロ程度、たかだか10数分の距離じゃないか」


聡はそのままリビングに戻ろうとしたのだ。双葉はそんな聡に言った。


「ホント、バカね」

「どういう意味だ!」

「ちょっと一条くん! 2歳児を抱えてそれだけ歩いて……多分、この時間じゃ子供は寝ちゃうだろうし。彼女の家まで電車で1時間近く掛かるのよ。私だったら、交代で抱っこしてくれるパパの腕が欲しくなるわねっ!」


双葉は大学時代から如月と交際しており、もちろん聡とも20年近くの付き合いだ。
勤務中は一条先生と呼ぶが、プライベートでは学生時代と変わらず、一条くんと呼ぶ。

いかに女心に疎い聡にも、彼女の言わんとしていることは判る。
しばし逡巡したが、


「待て! 私が行く」


如月を追いかけ車のキーをひったくった。


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