愛を待つ桜
その男は彼女の隣に立ち、最も親しい家族となり、数10年の人生を共に過ごす。

当然のように夏海に口づけ、彼女の心も体も我が物とするのだ。

そして、かつて自分も味わった果実を独占して、蕩けるような満たされた時間をふたりで分け合う。

健康な彼女のことだ、すぐにも悠に弟や妹ができるに違いない。

それは、如月の言う『本当に欲しいもの』を聡が永久に失う瞬間だった。


欲しいものは決まっている。

夏海と悠を誰にも譲りたくない! 

聡の本能は悲鳴を上げながら、恐ろしい勢いで理性やプライドを駆逐したのだった。


反面、それは夏海に対する狂おしいほどの劣情を認めることだ。

仕事中であっても、「ドアの向うに夏海がいる」そう思うだけで、聡はそのドアをぶち破りたい衝動に駆られる。
エレベーターでふたりきりになるだけで、妄想に股間が熱くなる始末だ。
新婚早々花嫁から逃げ出し、役立たず呼ばわりされた男と同一人物とは信じがたい。

心の中では「40は目前だ、欲求不満で我慢できなくなるような年齢じゃない」そんな台詞をお題目のように唱えながら……。

蝶が花芯に吸い寄せられるように、聡は夏海を抱き寄せ、抱き締めたのだった。


それは3年の月日を忘れさせる、めくるめくキスだった。
聡は余計なことは一切考えず、心の奥底に封印した欲望を解き放つ。


「夏海……夏海……」


< 54 / 268 >

この作品をシェア

pagetop