愛を待つ桜

(3)正気に戻った朝

「ママぁ」


――遠くで悠の声が聞こえる。


「まぁま! おなかすいたぁ!」


体を揺すられ、夏海は我が子に起こされた。
ハッと気付くと、時計は9時を指している。


(冗談でしょ!)


普段ならとっくに家を出ている時間だ。
ゴールデンウィーク明けで今日から出勤なのに、なんという失態だろう。


「ゆうくん、保育園行かなきゃ! 早く着替えて! ああ、用意もしてない……おトイレは? ゆうくん、おしっこは?」


もうパニックである。
自分も仕度をしなければならないのに、そう思うと気持ちばかり焦ってしまう。

だが息子は、


「ママぁ~おなかすいたぁ」


そればかりは譲れない欲求のようだ。


「わ、わかった。判ったから……待ってよ、ちょっと待って、えっと」

「ママぁ。おきがえわすれたの?」

「え?」


悠の指摘に夏海は下を向いた。
直後、真っ青になり、そして真っ赤になった。全裸である。


(それって、まさか)


恐る恐る振り返ると、当然そこには聡が幸せそうに眠っていた。


「ママ、どうしておじちゃんがねんねしてるの?」


悠にとったら当然の質問だろう。
だが、上手い答えが咄嗟に浮かばない。


「ど、どうしてかなぁ」


2歳児相手に彼女は笑ってごまかしつつ、


「聡さん。ちょっと起きて。もう9時よ、仕事に出なきゃ間に合わないわ!」


10時の始業には今から飛び起きても間に合わないだろう。
だからと言って、このまま寝かせるわけにもいかない。


「え? あぁ……夏海、おはよう」


完全に寝ぼけているようだ。
悠は昨夜の続きと思っているのか、嬉しそうに聡にじゃれ付いている。


「おはよう……って言ってる場合じゃないんだけど」

「ああ、まあ、でも、朝から刺激的だな」


その言葉に再びハッとした。寝ぼけてるのは聡だけじゃないらしい。

夏海は渾身の力で聡から掛け布団を奪い、体に巻きつける。
だが、今度は聡が全裸を披露することになってしまった。


「お、おい!」


抗議の声を上げながら、聡は子供用の布団で重要な部分を隠そうとする。


「さあ! シャワー浴びてきてください。服は集めて持って行きますから。言っておきますけど、男物の着替えなんかありませんからね!」


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