愛を待つ桜
しかし、何処に行っても聡の脳裏から夏海と悠のことが消えない。

ヒルズ内にある旅行代理店のパンフレットを目にしたとき、


(――仕事を休んでふたりを連れてバカンスにでも行けば、夏海との関係も良化するかも知れない)


そんな考えに囚われる。
ゴールデンウィークだというのにひとりで出社し続けた男の思考とは思えない。
どうやら彼の仕事中毒は、夏海との一夜で見事に解消したようだ。

パンフレットを見ながら、空想に思いを馳せる聡の横を、幼い少年が駆け抜けた。
聡の心は一層ふたりの姿に埋め尽くされていくのだった。



とにかく、話し合わねばならない。
覚悟を決め、聡は終業間近に夏海を呼び止める。

「仕事が終わったら、何処かで話せないか?」

「そんな……無理です。悠のお迎えは、遅れるわけにはいかないんです」


何を当たり前のことを……夏海はそんな口調だ。だが、聡も引けない。


「判った。悠を迎えに行き、その後どこかで食事をして、君の家で話そう」

「ま、待ってください。ちょっと時間をおきませんか? その……」

「何のために?」

「それは……色々、私にも都合があって」


口ごもる夏海を見て聡はカッとなる。


「まさか、私が君の家に居ては困るのか? 悠にはすでに父親候補がいるというんじゃないだろうな」

「一条先生……」

「聡だ! 何回言わせれば気が済むんだ。今夜は私の車で迎えに行く。外で食事をするんだ。いいな!」


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