愛を待つ桜
「私は2度と、自分の正当性を主張したりはしない。悠を産んでくれて……感謝している。あの子の父親になりたい。パパと呼んで欲しいんだ。不満も言いたいこともあるだろう。だが、これ以上ケンカはしたくない。仲の良い夫婦になれないだろうか? 悠のために、私と一緒に努力してはもらえないか?」


聡は、夏海の後を追うように靴を脱いで上がりこむ。


「私は、残り半分の人生を、君と息子に捧げる。誠実な夫であることを約束する。君も、そう約束して欲しい。――頼む」


椅子に、呆然と座り込む夏海の前に、聡は跪いた。
そのまま彼女の両手を優しく包み込むように握り締める。

聡の視線は真っ直ぐに夏海を見つめていた。

弁護士の説得に応じるなんて愚かだ。

聡はひと言も夏海を疑ったことを詫びてはいない。自分が間違っていたと認めたわけでもないのだ。

そう、愛の言葉を囁かれたわけでも……もちろんない。

それなのに、中身はないと判っていても、優しい言葉に心が震える。
温かい手を振り払うことができない。


だが、夏海が答えを出す前に、


「パパ? おじちゃんパパなの? ゆうくんのパパ?」


ただならぬ母親の様子に、黙って見ていた悠が駆け寄る。
大好きな聡の「パパ」という言葉に、すぐに反応した。


「ねえママ、おじちゃんゆうくんのパパ? パパってよんでいいの?」


悠の瞳がきらきら輝いている。


(――降参ね)


「ええ……そうよ。悠のお父さん……パパって呼んでいいのよ」

「やったぁ! パパだぁ!」


悠は、人生で初めて出会った父に喜び勇んで飛びついた。


「夏海……ありがとう」


息子を抱き締める聡に、イエスの代わりに、ぎこちなく微笑む夏海だった。




―第3章に続く―


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