愛を待つ桜
入籍からこっち、聡の主導でほとんどの物事が進んでいた。

彼の家はレジデンスの22階にある。
間取りは10畳サイズの洋室が2部屋と、25畳もあるリビング。玄関フロアとキッチンだけで、これまでの夏海のコーポと同じ広さだ。

引越しは、梱包から荷解きまで手間要らずのお任せパック。
コーポの掃除も全て業者を頼んだ。

大家や近所への挨拶すら『必要ない』と言って、聡は取り合ってくれない。
結婚後の生活スタイルも同様で、聡は今まで書斎にしてきた部屋を子供部屋にした。
まだ早い、という夏海の声を無視し、専用の勉強机や幼児用のパソコンまで用意する始末だ。

悠には子供用のベッドが与えられ、昨夜は初めて母子が離れて眠った。
何度覗いても、熟睡していた悠と違って、傍らに聡がいなければ、夏海は寂しくて眠れなかっただろう。   


結婚してから、聡はいつも夏海と一緒にいる。
そしてふたりきりになると、世間一般の新婚となんら変わることはなかった。

昨夜も夏海がシャワーから出たとき、聡はソファに座り寛いでいた。
彼の手招きで近寄ると、すぐさま夏海を膝の上に乗せ、キスが始まる。


「仕事、しなくていいの?」


思わず心配になって尋ねる。
ここしばらくは残業もせず、休日出勤もゼロ、出張も最低限。1日20時間近く、起きている間は仕事ばかりしていた男と同一人物には到底思えない。


「これまでが働き過ぎだったんだ。悠のためにも、過労死はしたくない。仕事を減らしても食うのには困らないさ」


聡の返事は微妙で、夏海を困らせる。


「そんな心配はしてないけど。あなたのプライベートを全部奪ってる気がして、縛り付けてるなんて思われたくないわ」

「悠と居るのは楽しい……君と居るのも。こんな穏やかで快適なものだとは知らなかった」

「何が?」

「結婚生活が」

「2度もしてるくせに」


決して嫌味ではない。夏海にしたら当然の疑問だ。
しかし、聡の返事は予想外のものだった。


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