愛を待つ桜
「それは……どういうことだね」


実光は聡ではなく、夏海に向かって尋ねた。 


「――あの、常務とのお見合いだと言われた日、聡さんに初めてお会いしました。私は、ひと目で惹かれて……実は、そのままお付き合いさせていただいていました」

「まあ、なんてことでしょう!」


あかねは本当に気付いてなかったのだろう、目を丸くして声を上げる。


「今となっては、何が原因なのかも覚えていません。でも……些細なことでケンカしてしまって。私が子供に気付いたのはその後です。不安でしたけど、意地もあって……何より、聡さんから折れて会いに来てくれると楽観していました。でも、お腹はドンドン大きくなって。そんなとき、新聞で聡さんの結婚を知りました。そうなって初めて、伝える機を逃したことに気付いたんです」


伏し目がちに瞳を潤ませ、それでもハッキリした口調で夏海は答える。
そんな彼女の横顔を聡は黙って見つめるだけだ。


「まあまあ! どうして、私たちに会いにきてくれませんでしたの? 会社も辞めてしまって」


あかねのほうが感極まってハラハラと涙をこぼし始めた。


「会社では常務との縁談が噂になっていましたから。そんなときに私のお腹が大きくなったら、余計な誤解を生むと思ったんです」

「なんてことかしら……」

「それならどうして、聡があの笹原の娘と別れたときに来なかったんだ! 今になって」


一気に同情的になるあかねと違い、匡との関係を知る実光は夏海を責める口調だ。
夏海の顔に怯えたような表情が浮かぶ。


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