愛を待つ桜

それを見た瞬間、聡は父に向かって声を上げていた。


「夏海は知らなかったんだ！　経済紙は僕の結婚を記事にしても、離婚は記事にしなかった。彼女はずっと、僕が結婚して幸せに暮らしていると誤解したまま、僕の家庭を壊さないためにひとりで育てて来たんだ！」


それを言われると実光も黙らざるを得ない。
なぜなら、離婚騒動がスキャンダルにならないように封じたのは、実光自身だった。
無論、親心からだと聡も判っている。


「じゃあ、周りに内緒でお付き合いされてたとか……そういうのじゃないのよね？」


あかねはまだ、『内縁の妻』『愛人関係』といった状況を思い浮かべているようだ。


「違いますよ。僕は独身なのに、そんな理由がないでしょう？　彼女が行政書士として働いていた事務所が、この春に閉鎖したんです。そこの所長の紹介でうちに来ました。最初は、子供の存在に驚きました。でも、彼女の誤解を解いて……とにかく、あの子ためにも一刻も早く入籍したかったんです。事後承諾になったことは謝りますが……」


あかねはハンカチで口元を押さえながら、一旦立ち上がると、夏海の隣に座りなおす。


「馬鹿ですよ、夏海さん。そんな、ひとりで子供を産んで育てるなんて。どうして、頼ってくださらなかったの。仮に、聡さんが他の女性と婚約していても、別れさせましたのに……。判ったときに、言ってきてくださればよかったのよ」


夏海の手をギュッと握り、あかねは訴えかけるように言う。


「す、すみません。本当に……」


申し訳なさそうに首を竦める夏海が居た堪れず、


「夏海が悪いんじゃない！　僕が愚かだったんだ。今となれば、どうでもいいようなことで怒って彼女と離れた。挙げ句、好きでもない女と結婚して……騒動を引き起こして、父さんたちまで巻き込んだ。申し訳ないと思ってる。自棄になって結婚などせず、会社を辞めた彼女を探して会いに行っていれば、あんなことにはならなかったんだ」


聡は本気で叫んでいた。そんな聡の言葉に、父は大きくため息を吐く。


「結局、あのときの裁判でのアレは何だったんだ？　あの診断書は偽物か？　お前はどんな検査を受けたんだ！」