愛を待つ桜
ここで親に向かって、放っておいてくれ、と言えるほど、聡も若くはない。


「僕の子だとハッキリすればいいが、違うとなれば厄介なことになるだろう」

「お前は、本当にそれでいいのか? いや、まあ、体のことを考えたら、血の繋がりがあることに違いはないが……」


父の心配は見当外れもいいところである。
聡は振り返ると、苦々しげに吐き捨てた。


「それは無用の心配だ。夏海は僕にとって特効薬なんだ。悔しいけどね。近いうちにふたり目も授かると思うよ」


悔しいのは本音だった。

どれほど妥協しても、夏海を求めてしまう。
あの笑顔が、優しさが、愛と見紛うほどの熱情が、全て真実であれば、と思い……聡は慌てて打ち消した。

同じ男として、父は聡の心情を察したらしい。


「そうか……そればっかりは理屈ではどうにもならんからな。私も、夏海くんを認めよう。お前のため、孫のためだ。だが、ひょんなことで焼け木杭に火が付くこともある。匡とふたりきりで会わせるのだけは避けた方がよかろう。万一、由美さんの耳にでも入れば、今は大事なときだ」


由美は妊娠8ヶ月目に入ったばかりだ。
放蕩息子の代表だった匡だが、今はすこぶる真面目になった。

だが3年前、匡が夏海から妊娠の事実を聞いていたら……。

匡は悠を自分の息子だと思うかも知れない。


「ああ、判ってる。夏海のことを信じようと思ってる。だが、もし再び僕を裏切ったときは、子供は奪い取って一条家から叩き出す! そのときは2度と赦さないし、彼女の体に未練を残すようなつもりもない!」


忘れる努力はしていた。
だが思い出して口にすれば、込み上げた感情は無意識に怒りへと変換される。
それが、とんでもない誤りだと気付くこともなく、拭いきれない不信が、彼の心から愛の言葉を消去し続けたのだった。


< 99 / 268 >

この作品をシェア

pagetop