ランデヴー
「何かあったの?」


「いえ……あの、本当に何でもないんです」


「いや、あのね? 1人残って仕事しながら泣かれると、気になってしょうがないんだけど……」


ふと顔を上げると、陽介は困ったように苦笑いを浮かべて首を傾げていた。



言われてみれば、確かにそうだろう、と思った。


周囲には誰もいなくて、それどころかカウンターと私のデスク周辺以外は電気すら点いていない。


隣の人事部にも、既に人はいなかった。



私は替え芯を探し当てて空になったそれと入れ換えると、陽介に手渡しながら口を開いた。



「違うんです。あの……サンプルの発注数を集計し忘れてて……私が……悪いんです……」


ミスをして泣いてるだなんて正直に話すのは恥ずかしいことこの上なく、私はもごもごと呟くように答えた。


だが陽介は呆れるでもなく、笑うでもなく、怪訝な顔をして顎に手を当てて考えるような仕草をした。
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