花は野にあるように
「誰もいないんだろ?」


カバンを肩に担ぎ直しながら、リョクはそう言って笑った。


「送り狼になりかねないからな。退散するよ。」


本気かどうかわからないけど、リョクはそう言うと見上げている僕の耳に口を寄せた。


「襲われたいって言うんなら、すぐにでも上がらせてもらうけどな。」


リョクの魅力的な声で、そう囁かれて、僕はすぐに真っ赤に顔を染めた。


それを見てリョクは、くくくっと喉をならして笑う。


「冗談だよ……じゃ、また明日な。」


そして、そう告げてくるりときびすを帰すと、すたすたと駅へと向かい始めた。


……こんな風にからかうなんて、ひどいや。


まだ熱い頬に手を当ててリョクを見送りながら、僕はほんの少し唇が淋しいような気持ちを味わっていた。
< 91 / 1,416 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop