にょんさま。
声楽の授業が終わった後、忍と数名の生徒が先生に呼ばれた。
オケがあるから楽譜の整理をしていて欲しいという。
「え〜彼氏とデートなんですぅ〜」
藤本まりが綺麗にメイクした頬をふくらませる。沢田亜希がまりを小突いた。
「いつお前に彼氏が出来たよ!」
「いるよ。ほんとだもん」
忍はそれを横に聴きながら整理に手をつけ始める。確かにこれは手分けしないとしんどい分量だ。
「早くやろう?どうせやらなきゃいけないんだし」
忍が言うと「え〜」とまだごねながらも、まりたちが集まってきた。
作業をし始めて、しばらくした頃、高遠雛子が忍の手を見ながら言った。
「揺葉さんて、最近いつも同じ指輪してるよね」
「あ…。うん」
10月の誕生日に四季が買ってくれたのだ。貰った時は身に着けるのが恥ずかしいように感じたが、最近はよく身に着けている。
その方が指輪は喜んでくれる気がしたので。
「四季くん?」
「うん」
「いいなー。幸せだねー」
幸せ。よく聞く言葉だけれど、忍はまだその意味をつかみかけたばかりだ。
つらかった時期が長くて、愛し方も変わって、気がついてみると四季がそばにいた。
でも四季がどうして自分のことを好きだと思ってくれたのかは未だによくわからない。
「揺葉さんは四季くんのことあまり話さないね」
「うん。冷静だよね。本当に好きなの?」
「雛子ー。言い過ぎ」
「だって、四季くんのことあまり好きじゃないんなら、雛子が彼女になるもん」
高遠雛子は四季が好きだ。四季はどことなく憎めない雰囲気を持っていて、女の子に優しく、それなりにモテる。
忍という存在がいても、寄って来る女の子が後を絶たないのだ。