あなたに、伝えたいから。

彼女のショートカットにした髪が風に靡く。眼を細めて微笑む。

僕はなんとなく恥ずかしくて、下を向いた。無機質なコンクリートは何も言わない。


「久々に屋上来たら誰か歌ってるんだもん、びっくりしちゃった」


僕の隣に来てフェンスに寄り掛かり僕を見上げた先生は、頭ひとつ分位小さくかった。
彼女は僕を見上げる。少し釣り目で、黒眼が大きい。意思の強そうな目。


「なに、谷口って歌手になりたいの?」


そう口元に笑みを湛えて聞いた先生は、僕を蔑むようではなく、試すような挑戦的な瞳をしていた。



「そんなんじゃないです、ただ好きなだけで、」

はっきりしたものいいの先生に比べて、僕はなんでこんな弱い声しか出ないんだろう。歌ってる時は、ちゃんと声が出るのに、普通のときは、まさに蚊の鳴く声だ。

「えー、勿体ないじゃん、だって、好きなんでしょ?」

「それはそうですけど」

「アンタ、良い声してると思うよ。普段とギャップありすぎ」

にか、っと先生は明快に笑った。
十歳近く年上なのに、まだあどけない少女のような愛らしさが残っている。

他の人に自分の歌なんて聞かれた事なんて無かったから、褒められた事も勿論無かった。

正直、嬉しかった。



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