この男、偽装カレシにつき

「戻っておいで。
早く帰ろうよ」


大野センパイの穏やかな声が、私の胸をぎゅっと締め付ける。


万が一、今のキスを見られていなかったとしても。
私が橘センパイと二人きりでいるのを見れば、いい気分はしないはずなのに、どうしてそんな風に優しく言えるんだろう。


あーあ。
大野センパイがこういうときに有無を言わさず責めるような人だったら良かったのに。


そしたらきっとこんなに複雑な心境にならなかった。
もっと素直になれたのに。
橘センパイに好きだと言えたのに。


私は自分の気持ちを押し込めるように目を閉じる。
だって。
こんな底抜けに優しい大野センパイを裏切るなんてこと、許されるわけないから。