絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

上司の栄転

 そのまさか2日後、西野、玉越、寺山、そして宮下への勤務店舗移動の通達が流れるとは夢にも思わなかった。
 店舗の10分の1のメンバーが替わる。店が変わると言っても過言ではない。
 移動10日前に通達が流れ、早くも残り一週間となり、残った時間を惜しむように、皆毎夜毎夜送迎会が個々で行われていた。香月がいつかのあの、佐伯、西野、吉原、玉越、永作、宮下のメンバーでの送迎会を開くように段取りをしたのは自然な流れだった。
 何故このメンバーなのかという意味は特にない。皆近くにいて、呼びやすくて、誰にも気兼ねしない。
 それだけだ。
 7名という少人数での予約だったので、オシャレなバーカウンターのある店の、奥の個室を用意する。
 午後11時。食事には到底遅い時間帯だが、予定通り全員集まり、会は始まった。
「宮下店長、一言どうぞ」
 全員に「とりあえずビール」がいきわたったあと、西野の一言に宮下はまるで動じず、考えてあったかのように、口を開いた。
「今回の移動、まあ、個々のはともかくとして、自分の本社復帰は薄々考えていたものでありました」
 そこで早くもイメージの「本社移動」とは違う「本社復帰」という一言に香月は少し反応する。
「今の店は自分の中では120パーセントだし、第三者から見ても、本社から見てもほぼ100パーセントの出来だと思います。そこで、自分の役目は終わったと薄々感じていました。ただ、次の店長は副店長の中から選ぶものだと少し考えていたので、大貫店長とは、少し意外ではありましたが、彼はそれはもう有名な方ですので、今後の本店にもいっそうのこと、期待をもてると思います……、西野」
 意外にも名前を呼ばれた西野は俯いていた顔をすぐに上げる。
「はい」
「次の新店舗はなかなか厳しい。頑張れよ」
「はい」
「香月」
「あ、はい!」
 まさか2番目に呼ばれると思っていなかった香月は驚いて返事をする。
「吉川店長をフォローできるように、これからも頑張れ」
「……はい」
「佐伯」
「はい」
「吉川店長は俺みたいに優しくないからな、あんまりにやにやするなよ」
「(笑)……にやにやしてません(笑)」
「吉原」
「はい」
「部門長昇進、おめでとう」
「ありがとうございます」
「玉越」
「はい」
「これからも、頑張れ」
「……はい……」
「永作」
「はい」
「サポートの方にも少し力を入れたらいいかな」
「はい、これからも勉強します」
「うん……。じゃぁ、乾杯にしようか」
 長い、2年であった、と香月は思う。
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