絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 その2年が、こんなにもすんなりと終わる。宮下の元で毎日働き、眠り、そして朝を迎える。それが自然な、まるで永遠に続くかのような日々であったことが信じられなくなる。
 そもそもの移動の理由はこうであった。
 玉越と不倫関係にあった、本社の大木部長が独立をした。それを埋めるための、画期的な大移動。
 部長がいなくなった時点で玉越は突然おいやりになった。都市から離れた最小店舗の配送センターの電話マスター。
 それでも玉越なら、あれほどの実力があるのなら、配送や工事センターの方で上ってくることもできないことはない……、と宮下は、玉越が帰った後、香月にだけ、小さく曖昧に言った。
 江角も当然移動になった。彼は玉越と同じ地域の小店舗の販売員になり、本社とはまた遠のいたわけだが、仕事はそれなりにこなしていくようだ。
 大きな渦が、移動を機に全て解決して、新たな道へと歩んでいっている……そんな気がした。
 そんな香月のしんみりした心とは違い、皆食事と酒を前に大はしゃぎをした。佐伯などはとっくにべろんべろんで大の字で寝ているし、西野も赤い顔のままウイスキーを片手に、永作もピンク色の頬をさせて足を崩している。
 玉越のあと、吉原が帰り、永作が迎えを呼んだ。どうしようもなくなった佐伯は仕方なく西野が運び、そしてやはり、2人だけになる。
 宮下は香月に声をかけると、2人でタクシーに乗った。
「……本社ではどんなことをするんですか?」
「前と一緒だよ。価格の設定や商品の選定、言い出したらきりがないけど」
「……前はそんなことをしていたんですね……」
「うんそう、だから……店舗は店舗で楽だったかな、一つの、ここだけの責任をもっていればいいから。それに休みもあるし」
「本社では?」
「休みのような休みじゃないような、そんな感じ(笑)」
「そうなんですか……大変ですね……」
「そうだな……香月」
「……はい」
 何を言われるのか怖くて、返事が遅れる。
「もうすぐ着くぞ……」
「はい……」
 何か。何か言わなければ、と思う。東京マンションはすぐそこ、もう見えてしまっている。
 きっと、最終日の日曜日は忙しくて何も言えない。タイミングによってはお疲れ様でしたの一言も言えないかもしれない。だから今、言いたいことを今、言わなければいけないことを、今……。

< 106 / 202 >

この作品をシェア

pagetop