絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 なのに、車はすぐにマンションに入ってしまう。タクシーが目的地で停車してしまえば、客は降りるしかない。
 運転手の「はい」の一言を合図に、香月はバックを握りしめた。ドアは勝手に開いて下車するのを待ってくれている。
「いいよ、金は俺が払う」
「え、いえ、あ……」
「いいよ、それくらい。食事は奢ってもらったんだし」
「あ、ああ……すみません……」
「じゃぁな、また、どこかで会うだろう」
「そう……ですね……」
「おやすみ」
「おやすみ……なさい」
 宮下は私のことを好きだと言った。
 あれから何も言わない。
 まるであれが、夢、あるいは聞き間違いだったかのように。
 この先多分きっと、こちらからリアクションを起こすことはない。
 香月は精一杯、にっこり笑って後ろを向く。
 そしてバタリとドアは閉まった。
 しばらく宮下と会うことはない。
 これから、新しい日々が始まる。
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