絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
ようやく思い出す。バックの中に入れっぱなしだった。あのバックさえ探せば自分の携帯が入っている。その中にはいつか彼に通じた電話番号が入っているはずだ。
 ということはあの大広間、シャンデリアの間。
 あそこで一瞬停電があったときに落としたのだろう。
 そこへ行く。
 多分人は大勢いる。その方が安全だ。
 しまった、逆に走ってきてしまったのである。
 さっきの部屋でそれに気づいていればすぐに場所は分かったのに、やみくもに走ったせいで現在地が全く分からなくなった。
 やはり、とりあえず見取り図を……。
 とりあえず走り、曲がり角を過ぎたところで後ろから黒いスーツの腕に抱きかかえられた。
 素早い動きで、壁に引き寄せられる。
 首を大きく後ろへ振り向かせると、
「じっとしてろ」
 助かった!!
 カジノを案内してくれた男であった。
 しかし、右腕は前方に向かってまっすぐ伸ばされ、その先にはあの、少し前にシューティング場で見た、黒い鉄が光っている。
 香月は震え上がると、その太い左腕にしっかりと捕まった。
「逃げ出せたのか?」
「多分見張りの人が死んで……」
 爆音で言葉が途切れた。
 銃声とともに近くの壁から煙が少し上がる。その角の先からこちらを狙ってきている者がいる。
「あ……」
 香月は言葉を失い、ただ震え、男を掴んでいる手にさらに力を込める。
「チッ」
 何の舌打ち?
男の口から何か聞こえたのが分かったと同時に、今度は背後から狙われているのだと気づく。銃声は飛び交い、火薬のにおいが鼻をつき、彼も既に何度か人差し指に力を込めていた。
 ただ、手に力を込めて、男から離れないように、体の震えを止めるように、すがりつくことしかできない。
 彼は香月を強引に引っ張ると、少し走って、次の曲がり角で隠れた。
「挟まれた」
 彼は呟きながらポケットから出した弾を銃に入れ替える。その、慣れた手つきのせいで、銃がおもちゃのように思えるが、これは、遊びではない。当たれば確実に、死ぬ。
「俺が廊下の真ん中に出た隙にお前はこの筋をまっすぐ突き抜けろ」
「え!?……ひ、一人で!?」
「ここにいたらまた捕まる。応援がなかなか来ない今、そうするしかない。いいか、出るぞ」
「そん……」 
 こちらの泣き言など関係なしで、彼はバッと廊下の真ん中に出ると、香月の背中を押した。
 香月は前に倒れそうになりながらも、どうにか走り出す。
「そのまま……!!」
 彼の叫ぶ声が途中で途切れる。
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