絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
宮下に抱かれた。
宮下に抱かれた。それはきっと、全ての、私の中の全てを受け入れてくれるだろうと、包み込んでくれるだろうと思ったからだろう。
彼でなきゃ、彼しかいない、という感情よりは、悲しみと苦しみから逃れるための手段だったと、今でもそう思う。
それまでに、幾度か彼の自宅には足を運んだ。行く度に、彼は仕事では見せない顔を見せるようになった。私の誘いに乗って、はしゃいでテレビゲームをしたり、酔う度に、後ろから抱きしめてきたり。
彼は後ろから抱きしめるのがとても好きだった。正面にいても、わざわざ背後に回りこむ。それが可笑しくて、その意味を、一度だけ聞いたことがある。
「どうして後ろからなんですか?」
「なんでだろう……」
その一言しか答えなかったが、深い意味があるような気がして、すぐに話題を変えた。
背後から抱きしめるとお互いの顔が見えない。そこに濃い真相があるような気がした。
社内では働く場所が違うので宮下との仲を疑われるようなことは、全くなかった。一時よくあった、噂話も聞かなくなった。
佐伯が時々「香月先輩、彼氏作りましょうよ!」と話しかけてくる。その度に、「今はそんな気分じゃない」と、とりあえず拒否し続けているが、心苦しいのには違いない。
宮下は「どちらかといえば、皆が知っていてくれた方が安心だな。だって、その方が、香月に言い寄る奴が断然少なくなる。それでも、少なくなる、だ。彼氏がいようがいまいが平気な奴も多いからな。それでも言わないよりはマシだと思う」
笑えた。そんな言い寄る人なんて、いませんよ、と。
「現に俺だって他に心にする人がいるのに、強引に物にしたじゃないか」
彼は笑った、私も笑った。
宮下と自分の仲がどのように変わるべきなのかが、分からなくなる時は確かにあった。
それでも今は週一度程度だが、休みが合えば宮下の部屋へ行き、当たり前のように抱かれ、全ての思考をやめる時も、そのあと、優しく背後から抱きしめられた、その時も、大切な人だとは感じている。
そして、良い方向に向かったことも増えた。仕事や遊びからマンションに帰った後、ダイニングテーブルの上を見たり、ロビーに郵便物の確認をする習慣がなくなった。以前は、もしかしたら、あのエアメールが、約束したはずなのに一度も送られてこないエアメールが、そのテーブルの上に今日こそはあるのではないかと、それが送られてきて、ロンドンに電話をかける理由ができるのではないかと、待ち望んでいたその癖が、こんなにも薄らいでいた。
多分、きっと、宮下の口から出る「好きだよ」に頷くだけでなく、「私も」と応えられる日が来るのだろう。迷い、迷いながらも、やはり強い、宮下を選ぶときが、いつか来るのだろう。
そう思っていた。
そうあるべきだった。
彼でなきゃ、彼しかいない、という感情よりは、悲しみと苦しみから逃れるための手段だったと、今でもそう思う。
それまでに、幾度か彼の自宅には足を運んだ。行く度に、彼は仕事では見せない顔を見せるようになった。私の誘いに乗って、はしゃいでテレビゲームをしたり、酔う度に、後ろから抱きしめてきたり。
彼は後ろから抱きしめるのがとても好きだった。正面にいても、わざわざ背後に回りこむ。それが可笑しくて、その意味を、一度だけ聞いたことがある。
「どうして後ろからなんですか?」
「なんでだろう……」
その一言しか答えなかったが、深い意味があるような気がして、すぐに話題を変えた。
背後から抱きしめるとお互いの顔が見えない。そこに濃い真相があるような気がした。
社内では働く場所が違うので宮下との仲を疑われるようなことは、全くなかった。一時よくあった、噂話も聞かなくなった。
佐伯が時々「香月先輩、彼氏作りましょうよ!」と話しかけてくる。その度に、「今はそんな気分じゃない」と、とりあえず拒否し続けているが、心苦しいのには違いない。
宮下は「どちらかといえば、皆が知っていてくれた方が安心だな。だって、その方が、香月に言い寄る奴が断然少なくなる。それでも、少なくなる、だ。彼氏がいようがいまいが平気な奴も多いからな。それでも言わないよりはマシだと思う」
笑えた。そんな言い寄る人なんて、いませんよ、と。
「現に俺だって他に心にする人がいるのに、強引に物にしたじゃないか」
彼は笑った、私も笑った。
宮下と自分の仲がどのように変わるべきなのかが、分からなくなる時は確かにあった。
それでも今は週一度程度だが、休みが合えば宮下の部屋へ行き、当たり前のように抱かれ、全ての思考をやめる時も、そのあと、優しく背後から抱きしめられた、その時も、大切な人だとは感じている。
そして、良い方向に向かったことも増えた。仕事や遊びからマンションに帰った後、ダイニングテーブルの上を見たり、ロビーに郵便物の確認をする習慣がなくなった。以前は、もしかしたら、あのエアメールが、約束したはずなのに一度も送られてこないエアメールが、そのテーブルの上に今日こそはあるのではないかと、それが送られてきて、ロンドンに電話をかける理由ができるのではないかと、待ち望んでいたその癖が、こんなにも薄らいでいた。
多分、きっと、宮下の口から出る「好きだよ」に頷くだけでなく、「私も」と応えられる日が来るのだろう。迷い、迷いながらも、やはり強い、宮下を選ぶときが、いつか来るのだろう。
そう思っていた。
そうあるべきだった。