絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 その先を聞かれるのが怖くて早足で歩く。
 だが、彼女はついては来なかった。
 それに気づいて後ろを振り返る。
「彼女ってどういう彼女なんですか? 恋人?」
 その瞳はこちらを射抜くほどに見据えている。
「……まあ、そうかな」
「どうして私じゃ駄目なの?」
 まさかの一言に、目を見つめる。
「どうしてなの?」
 険しくも美しいその表情を見て、言葉を失う。
「……どこか、他で話そう」
 周りが見ていたわけではない。ここは、ロンドン。日本語で話しをしていても、分かる者は少ない。
 ただ、答えを探したかった。
 彼女ではなく、自分自身が納得し、彼女を日本へ返す返答となる、答えを。
 呼び出したのは自分……。自覚はあった、だが彼女がまさかこんな風に自らの意思を強くぶつけてくるとは思っていなかった。
 彼女は恐ろしいほど平常心を保ちながら、背筋を真っ直ぐに伸ばし、ジャガーの助手席に乗り込んでくる。いつも、恋人が乗る助手席へ、堂々と。
 恋人がいる。それは紛れもない事実であった。今、恋人は自室でテレビでも見ているか、寝ているかのどちらか。仕事へ行くという彼氏の言葉をすんなりと信じ、何も疑わず自宅で待っている。
「ここでいい」
 エンジンをつけたばかりの、まだ停止している車内で彼女は静かに言う。
「また、すぐ戻るかもしれないから」
 大切な話の内容がすぐに分かる。
「……、仕事は? 休みをとったのか?」
 とりあえず、世間話から始める。
「……あぁ、忘れてた。何もしてない。突然ここへ来たの……。家族には伝えたけど。多分家族が職場へ連絡してくれてるはず。急いで来たから……携帯忘れて来たの。だから、さっきも、ロビーで会えなかったらどうしようかと思った」
「家族というのは……レイジ……だったか」
「ううん、あの人は引っ越した。丁度同じ職場の人が来たから、連絡はしてくれてると思う」
「……そうか……」
「彼女はいつからいるの?」
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