絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「……、最近だよ、一月くらい前」
「結婚するの?」
「まさか、しない」
 全く考えたこともない質問だったが、すぐに答えは浮かんだ。
「どうして結婚しないの?」
「結婚にはむいてないんだ。一度して、それがよく分かったよ」
「分からないわ。相手が違えば、違うかもれしれない」
「……同じだよ。同じ人間なんだから。自分が変わらないんなら、変われないんなら、同じだ」
「……そう」
「愛は、結婚しないのか?」
「誰か他の人と結婚するなんて、想像もできない」
 遠まわしな言い方に、どきりとする。
「……」
「お願い、私、あなたに会いたくて、ロンドンへ来たの。分からない……。もうずっと、自分がどうしたいかも分からなかった」
 ああ、彼女はこういう喋り方をしていたな、というのを思い出す。
「何をしたいのかが分からない。あなたに会って、何を変えたいのかも分からないけれど、今日、ここへ来たいと思ったの」
「……そうか……」
 耐え切れなくて、胸ポケットからタバコを一本取り出し、ポルシェのライターで火をつける。
 サイドウィンドウは十センチほど下げた。
「タバコ……吸いはじめたの?」
「まあな」
 彼女にはどの答えが一番良いのか。
「……日本へ帰った方がいい」
 どの言い方も内容は同じ。
「今晩、一緒にいて。今晩だけでいい」
 早い切り替えしと強い口調に、彼女が今晩に何かをかけているのが、その意思の強さですぐに分かる。
「駄目だ。そんなわけにいかない」
「どうして?」
 それを言えば最後、この関係が最後になることは、分かっている。
 だけど、他にどういえばいい?
「このまま日本に帰った方がいい。俺には、待っている人がいるから」
 フロントガラスの先で、機体が離陸するのが見えた。
「……分かった。帰る」
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