絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 駄々をこねるものだと思っていた。泣いて喚いて、どうしても久司じゃなきゃ嫌だと、抱きついてくるものだとばかり。そうされたら自分は理性を抑えきれなくなるかもしれないと、心の底で思っていた。
 だが、現実はそうではなかった。彼女はあっさりと車から降り、後部座席に入れたキャリーバックを取りにかかる。
 慌てて運転席から降り、取るのを手伝おうとしたが、その作業は既に終わっていた。
「やっぱり、忘れる努力をしなきゃいけないのね」
 何度。何度彼女を泣かせれば、自分は気が済むのだ。
「俺と一緒に居ても、幸せにはしてやれない」
 精一杯の慰めに、彼女は素早く反応をする。
「…」
 下唇をかみ締め、それでも必死に笑顔で涙を零した彼女に、自分がしてやれることはない。
 彼女はキャリーバックを引いたまま先に歩き始めた。駐車場のアスファルトをどんどんと、後ろを見ず。
「ねえいつか」
 行き先は既に空港のロビーと決まっていた。
「ねえ、いつかもし、この先、久司が死んで……」
「うん」
 すぐに入り口まで来ることができる。低い短いスロープだったが、歩きながらノンストップできたせいで、彼女の息は弾んでいる。
「そのことを私が知ったら」
「うん」
「……その時は会いに来てもいいかな」
 彼女はその場で顔を覆い、動かなくなった。
 ここでその震える肩を抱き、口付け、慰め、今までのは全て嘘だったのだと、簡単に言うことができたのなら、自分は彼女を救ったことになるのだろうか?
答えはノーだ。
「忘れろ……。俺以外にお前を幸せにできる奴はいくらでもいる」
「忘れられないっ!……」
 嗚咽の合間でようやく出たその言葉になった一言が、あまりにも惨めで。
「……少し、日本に帰って頭を冷やせ……」
「だって……もう会えない……」
「そんなに思いつめるな……」
 それが彼女をきっと、苦しめている。分かっている。
「……だって、だって……」
「……」
「だって、私、どうにかしないと……。何も答えが出ない……。これからどうすればいいか、分からないっ!」
 背後から数人の客が近づいてきていることに気づいて、彼女の背に手を回し、体を引いた。彼女はよろけながらもしっかりとした足取りで、ちゃんと従い、ついてくる。
「よく考えろ……」
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