絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 30分ほどなくして、仕事を全部後回しにした宮下は、エントランスから電話をかけた。いつもなら、いくらなんでもこの早上がりには無理があるのだが、今日ばかりは仕方ない。
 電話にすぐに出た彼女は、既に用意してあったのだろう待つことなく下りてきて、足早にロビーから出る。11月の半ばの夕方はもう寒い。
 薄い長袖一枚の彼女は、いつものスカイラインに乗り込んでくる。
 自分だけの、彼女。そのつもりで、愛してきた。
「……びっくり……」
 自分らしくない。いつもの自分なら、こんなことしない。
 彼女が乗り込むなり、人目もはばからず、その誰もが羨む肢体に、柔らかな肌に吸い寄せられるように抱きつく。抱きしめる。力いっぱい。
「……痛いです」
 それでも容赦しない。
 だって、それくらいしても、多分きっと、この気持ちは伝わらないだろう?
「痛い……、ちょっと、あ! 後ろ、車来てます」
「……」
 そこで一度キスをしようと思いついたが、さすがにやめる。
 もちろん、クラクションのせいではない。
「家でいい?」
「……その辺りで、止めてください」
 その、いつもより少し低い声に、まさかの覚悟がよぎる。
「その辺りって……」
「私に、聞きたいこととか、言いたいことがあるでしょう?」
 結論が見えない今、事を急くしかないのか。
 考えもまとまらないまま、とりあえず発進させた。
「家の方が落ち着いて話ができると思うけど」
 冷静に答えたが、彼女はそれには答えない。
 宮下は仕方なく、3分ほど走って見えた公園の駐車場に、車を滑り込ませた。
 辺りはもう薄暗い。
「……ロンドンに行った話は、真籐さんから聞いた」
 先に切り出してやらないと、多分言いだせないだろう。
「悪い、俺も仕事が忙しくて……、昨日偶然店にかけて休んでることを知った。それで、真籐さんに確認して……とりあえず一週間くらいは待とうって」
「……はい」
「エアメールが来たんだって? それも、聞いた。……俺が心配してたから、詳しく話してくれたんだ」
「……エアメールは、約束してたんです。けど、もう一年くらい前の話です。ロンドンに行く前に電話したとき、エアメールを送るからって。それから、毎日ポストを見たけど、ずっと届きませんでした。
 なのに突然、少し仕事が休みになったからって、送ってきたんです。約束だったからって。それだけのことだったんです……」
「それだけのことなのに、ロンドンまで行ったんだ……」
< 146 / 202 >

この作品をシェア

pagetop