絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 自分の声が恐ろしく低いことに気づいて、
「どうだった?」
 と、軽く言い直す。
「……どう……。どうも……」
 彼女はまっすぐフロントガラスを見ている。
「何か、答えが出た?」
「……こたえ」
 小さく復唱して、考えている。
「答えは、ずっと前から出ていました。……出ていたと思います。自分でも、分かっていました。
 彼とは、……何もない。だからただ……少し、遊んでいたかっただけなんです。
 ……、ロンドンに行く前、エアメールが届いてすぐに電話をしました。電話をしたのだって、本当に、何ヶ月ぶりかのことでした。
 最近、忘れかけていたんです。郵便物も確認しない日が続いていました。
 だけど、エアメールを見て、電話をして、ロンドンに行くって……言ったら、彼は笑って、ああそうって……飛行機を手配してくれて。そのまま行きました。
 だけど着いてすぐに、彼に恋人がいることを知りました。
 彼が自分でそう言って……、
 そんな感じです。ああ、やっぱり、私達はどうにもならないんだって……心底思い知らされました」
「……ずっと、好きだったんだ……」
 言葉にしたくなかったのに、我慢しきれなくて声に出る。
「ううん、忘れていました。宮下店長と出会って、本当に、本当に忘れていたんです。
 けど、その、手紙で堰が外れたというか……」
「……ロンドンで、彼に彼女がいることが分かって……諦めて帰ってきたの?」
「……、……」
 彼女は言葉を失っているかに見えたが、しばらくして口を開いた。
「……そう……でしょうね……。もう、二度と会うことはない……、そう言って帰ってきました。空港から外へは出ませんでした」
「……、いいよ、それなら」
「何がです?」
 彼女はようやくこちらを見る。
「もう会わないんなら、俺はもう、何も言わない」
「……、私は別に、別れたって構いません」
 彼女の言葉を疑った。
 別れたって、構わない?
「わか……」
「宮下店長、いづれ結婚したいって言ってたし」
「何言ってるんだ、そんな……」
「私はしばらく、あの……ロンドンでのほんの数時間のことから逃れられなくて、何も考えられなくて、ただ思い返すばかりの日々が続くと思います」
「俺ならそんなことしない日を作ってやれる」
「そんなこと、望んでません!」
「愛……愛、どうした、何故、すねてる?」
「すねてなんかいません」
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