絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

どうしても、逢う

 香月愛は11月のわりと暖かな空を眺めながらぼんやりとしていた。考えることは特にない。
 連休だというのに特にすることもなく、こうやってテラスの椅子に座り、テーブルにコーヒーを乗せて、遠くを見つめる。
 宮下との関係は、一般的には良好だと思う。よく、あの状況で、彼は耐え抜いたものだと何度も思い、そう述べた。辛くないの? と。
「辛いけど、別れた方が辛いに決まってるから」
 その意見は間違いではない。
 彼は常に大人で冷静沈着、こちらの気持ちを優先してくれるし、常識がある。社会的地位も十分あるし、貯蓄もある。一人暮らしの家もある。将来有望……、非のうちどころがない。
 外からただ憧れていただけのときもそう思っていたが、一緒にいるようになってからも、その気持ちは変わらなかった。ただ少し、近づいたせいで、憧れが尊敬に変わったのは確かだが。
 テラスから室内を覗く。どこに置いたか、携帯電話が鳴っていた。誰からのどんな話だろう。面倒だ。
 仕事はうまくいっている。集中力が圧倒的に高くなった。時計の試験も受けることに決めたし、その勉強も順調に進んでいる。吉川からの誘いもスルーできるようになったし、店内の雰囲気もそこそこ。
 数日前、西野と久しぶりに食事に行った時など、心底楽しかったし、変わらぬ表情が嬉しかった。
 この家族もよくできている。ユーリは相変わらずだが、真籐は器用でとても助かる。
 順風満帆。
 携帯電話が絶えず鳴ることに痺れをきらし、ついに室内に入ることにする。
 今日は外が暖かいおかげで、室内との気温差がほとんどない。
 携帯電話のディスプレイには嬉しい文字、樋口阿佐子とある。
 何故早く電話にでなかったのかと、慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし、ごめん」
『もう、何回コールさせる気なの(笑)』
 良かった、今日は上機嫌だ。
「気づかなくて……」
『それでね、今日暇?』
「うん休み」
『うわあ、良かった! 本当どうしようかと思った、今日が休みじゃなかったら』
「どうしたの?」
『うちに来て。久しぶりにランチしましょ?』
「え、うん。構わないけど……何? 突然暇になったの?」
『うーん、まあ、そんな感じ。早く段取りしておけばよかったんだけどね、あちこち、色々あって……』
「うんうん、大丈夫、えっと、着替えてすぐに行こうか?」
< 150 / 202 >

この作品をシェア

pagetop