絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
『うん、来て。待ってる』
 珍しいくらいに上機嫌な会話であった。樋口お嬢様は機嫌に左右されやすく、とびきりお高い。
 実は、リュウとの3人での会食以降、連絡をとっていなかった。彼女は結局誕生パーティにも来ていなかったし、実に久しぶりの会話であった。
 車のことを彼女が知っているかどうかがわからないので、むやみに乗り付けて行けないし、また話をするわけにもいかない。
 着替えながら思いつく、今日はタクシーで行こう。
 樋口邸にタクシーで乗りつけたのは、午後12時を少しすぎた頃であった。広大な土地はきちんと手入れされていて、11月の冷たい風が吹きさらすこの時期でも、枯葉一つ落ちてはいない。
 門から屋敷までの長い小道を歩きながら思う。阿佐子と出会い、初めてここへ来たときもここは丁寧に管理されていた。子供ながらに、素晴らしいと感心したことを覚えている。
 彼女はいつも素敵なワンピースを着ていて、長い髪の毛を綺麗に可愛らしいリボンで結っていた。
 今もその上品さは、変わらない。
 時代に流されない黒のニットアンサンブルと、グレーのパンツは彼女自身を美しく見せており、全く露出されていないのにも関わらず素晴らしい色香と、大人を演出させている。
「遅いわ」
 笑う頬がピンク色だ。
「ごめんね。けど今日丁度休みだったし、嬉しかったよ、はいこれどうぞ」
 東京マンションの近くにあるレストランのチーズケーキだ。急ぎだからといって、手ぶらでこられるようなところではない。
「何?」
「チーズケーキ」
「嬉しい! 丁度よかった、今日のデザートはチョコレートムースなのよ、ぴったりだわ」
 にっこり笑って、本当に可愛らしい人だということを再認識させる。
「お招きいただきありがとうございます」
「いえいえ、今日の主役はあなたなの。ゆっくりしていってね」
「えー?」
「感動すると思うわ、ええきっと、涙すら流すかもしれない」
「……ランチが?」
「ええそう、今日のランチは特別。一生物ですわよ」
 広い風除室、ロビーを抜け、土足のまま長い廊下を歩いた最後、ドアを開く前に彼女はこちらを振り返ってにやりとする。
「外にしようかと思ったけれど、やめたの。今日は室内」
「……うん、少し寒いかな」
「開けるわよ、多分きっと……」
 言いながら彼女は既にドアを半分開いている。
「嬉しくて泣いちゃうわ……」
< 151 / 202 >

この作品をシェア

pagetop