絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「えっと、ホームエレクトロニクス。最近時計の勉強をしててね、今日はなんというか、久しぶりに息抜きできそう……」
「腕時計?」
 榊からの質問に目を見ることができない。
「に限らず……」
 食事中、ずっと彼女は話してばかりでほとんど食事は減っていなかった。多分きっと、こんな一流シェフが作ったような食事なんて毎日のことで、こうやって人が来なかったら、いつもゆっくり食べられるから、たまにははしゃいで、食べないほど喋るのもいいと思っているのだと思う。
 もちろん榊もそれにちゃんと合わせていて、香月一人がなんとなくほほ笑みながら一番ナイフとフォークを動かせている。
 阿佐子が2人の関係がぎくしゃくしていることに気づいたかどうかは分からない。だがどちらにせよ、何にも関係しないことだった。
 そして食後はお嬢様の予告通り、ショッピング。いつも運転手まかせの阿佐子が免許を取ったことを知って、2人は驚いて感心した。
「この車が運転してみたかったの」
 と、外で駐車場から出してきた車はBMW。車に興味のない香月は、それが自分がプレゼントされた車とよく似ていたことを少し思い出す。
「さすがお嬢様。限定車だ」
 榊は食い入るように車体に注目していた。
「好きな人がね、この車が素敵だって言ってたのよ」
 まさか榊ではあるまいなと香月は視線を合わせにいく。だが、当の本人は車に夢中で完全に聞いてはおらず、そんなこと、あるはずがないと、香月は遠くを見つめる阿佐子に視線を戻した。
「阿佐子のその好きな人に、私も出会った印にって車もらったんだけどね、そういえばその車もこれに似てるよね」
「へえ、それはすごい。日本に数台しかないはずだよ」
 榊はようやくこちらを向いた。
「いやでも、これと同じだったかな……」
 確認しようと阿佐子を見た。
「私は見てないから知らないわ」
「あそっか……」
 明らかに不機嫌になった。言われてみれば、貰った車をきちんと阿佐子に見せておくべきだったと反省する。
「さ、ドライブしましょ」
 阿佐子の機嫌はすぐに良くなり、調子のよさそうな運転でなんとか、公道を走る。後部座席に乗った2人は落ち着かない気持ちを、これとなく制しながら、高級ブランド店がずらりと並ぶ通りまで乗りつけることに成功した。
 庶民の香月にとって、ブランド街は観賞用にすぎないが、阿佐子はそこで、洋服を3着買った。もちろん値札など見ずに、ただ、自分の体形に合うか合わないかだけを見て購入している。今まで阿佐子と何度か買い物に来たが、その度にその消費力に圧倒されるばかりで、自分のことなどすっかり忘れて見入ってしまっているのだった。
「この服、愛に合うと思うわ。あわせてみたら?」
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